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興信所は愛を信じない

「ロートシルトRh-」について。

 

当時のメモ

全体、時の経過とは不可逆の表徴に他ならず、私と私の世界とに許された時間は絶対的に漸減している、すなわち、「時は出血する」のであり、「今は痛む」のである。

果たして我々は失いつづける存在なのであって、その喪失した時間、すなわち絶対的に断絶された過去はそれゆえに、我々のなかで至上に高められることとなった。しかるに、ここで何より悲しいことは、それほどまでに大切と思えるもの(キレイなもの)を失った(再到達不能となった)ことに、ともすれば気づくことがないということである。それは、その時点ゝゝ(イマという一瞬)において自ら感覚を閉じた(≒死んでしまいたいと願った)からか、あるいはなおも未来が無限であると信じられたからに違いない。

ここに、この秘密裏の喪失を改めて万人に気づかせてくれるものは、やはり血の赤なのだと思われる。生きているという実感、そして生きたいと願う衝動、望んでもかなわない現実とその未来につき「あきらめることをあきらめる」、そういった直感、直覚、痛み、すなわち覚悟を与える、自分にとって何よりも近しく、何よりもあざやかな赤である。

自由を志向した自分をあざむき、果たして「自由に殺される」ようす、本当の純粋は汚れてから気づくということ、ある真実を獲得したと同時に喪失するものがあるということ、過去とは人格であり、しかるにいまここには何もなく、そして未来とは残酷なまでの現状認識、すなわち覚悟に導かれるということ……本当に大切なものは、いつも自分の手のなかにある。

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