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グラハムの介入について

ながくマーケティングにさらされた人間は、それはもう、ひどく疲弊する、
気づかないままに奪われ、知らされず、錯覚させられ、また駆り立てられる。

果たして彼らは安らぎを求め、あるいは補填を求めてネットにつながる、
彼らは現実を超克する手段を求めていたし、ネットはその可能性を秘めていた。

つまるところ、なぜネットはこれほどまでに浸透したのか、
それは、「ネットのなかでは誰も負けずに済む」からだ。

ニュースも娯楽も慰めも、話し相手や攻撃対象でさえ、いまや簡単に手に入る、
彼らが欲しいと思ったものは、すべてネットが現実から奪ってきてくれる。

しかして彼らは返り討ちに遭わない程度には匿名で、
かつ自らの行為が大きなうねりに連なるという、確かな手ごたえを感じている。

すなわちこれは略奪の快楽である、奪還したかつての自分の一部である、
奪われることに疲れきっていた彼らは、かような感覚とよく親和した。

そんなくだらないものに金を出せるか、ネットでコピーすれば済む話だ、
どうした、早く私を楽しませろよ、そこで踊れ、みていてやるから。

ほら、今日もどこかで金持ちが損をする、権威が失墜する、
因果応報だ、ザマをみろ、ああなんてメシがうまいんだ。

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湯けむり解除

次の総選挙は民主党に入れようと思っている、
外国人参政権などとほざく党に投票するのは忸怩たる思いであるが、ひとまず置く。

さて、今回いよいよ重要なのは、権力の流動可能性を国民が自覚すべきことである、
滞留はやはり腐敗と無学を生む、昨今の政権の疲弊ぶりには目に余るものがある。

全体、いまの政治家は官僚になめられている、あまつさえ振り付けを受けてしまう、
さらに深刻なのは、政治家の側がそれに疑いを持っていないという現状である。

議院内閣制の本義は、立法府が行政機関を制御するという一点にあるのであって、
これが逆転していてはいかなる施策も効果を持たない、官僚がサボるからだ。

よって国民は政治家に対し、権力が流動すること(を自覚していること)を示すとともに、
官僚に対し、請願ではなく命令する意思、すなわち民意を突きつけなくてはいけない。

国家にたかる無能な役人、無益な団体を一掃し、優秀な役人が襟を正すこと、
そして、すべての政治家が議院内閣制の本義をふまえることを、強く望む。

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